ページ

2022年6月12日日曜日

◎弓道の的中(射技)の物理的考察〜スランプの原因を物理的に考察する〜

48.スランプの原因を物理的に考察する


弓道場の臨時休館で稽古不足となり衰えてしまった筋力もやっと回復してきました。低周波治療器のおかげで左肩関節痛も治ってきましたがどうも矢所が収束しません。スランプと言っていいでしょう。


最近は、弓道場の休館、部活休止、受験などで練習不足となり、再開して元の様に引けるようにはなったものの的中が戻らない。この時期、そういう人が多いようにも思えます。


こういう時に役に立つのが、自分の射で最も的中が出せるように修正を加えられた現役時代に使っていた「古い弽」。33.かけがえのないものを受け継ぐにはで紹介した方法で使い続けられるように補修した40年前に買った「古い弽」です。

1日程度はこれを使って稽古することで、


①自分の射の状態のチェックができます。

②自分の射の状態のリセット(校正)ができます。

③自分の射の状態の修正ができます。


これだけの効果があれば、持っておく価値はあります。


古い弽を使って引いた結果はというと、


①離れでのもたつきが少ないように感じる。

②矢所のバラツキが少し改善される。

③的中が少し改善される。


となりました。



<仮説1>

スランプ、矢所のバラツキは、今使っている弽に要因がありそうだ。これを解決しないと次の考察には進めない。と判断しました。


<検証>

離れのもたつきの推定要因は、


①取り懸けの緩み(薄くなっていない)

②取り懸けの握り込み

③弽(弽帽子)のへたり

④弦枕の変形


などが考えられます。

前の2つは取り懸け方法の問題なので、3つ目の弽帽子の様子を確認してみます。

弦枕は修正したばかりなので問題はありません。


弽帽子の部分を曲げてみると、弦枕の部分で折れる首折れになっていることが判明。これでは、弦捻りの力が弽帽子の先端に伝わりにくく、離れが鈍くなります。

では、なぜこのようになったのでしょうか?


よく見ると、弽帽子の型の部分が短く、ちょうど弦枕の位置までしかありません。弦枕が型の上に乗っていないのでここから折れる。これが弦枕部分で首折れになる原因のようです。既製品の弽なので、同じ大きさの帽子の型で大きさの違うものを造った結果なのだろうと推察します。


では、古い弽はどうなっているのか確認してみましょう。


弽帽子の型の上に弦枕はちゃんと乗っています。帽子の型の端末は皮の継ぎ目の部分までしっかりあります。違う大きさの弽を一手間惜しまず造ってくれていたのでしょう。これなら、弦捻りの力は弦枕から直接弽帽子の先端にちゃんと伝わってくれます。


ちなみに、オーダー品の弽も見てみると、やはり、弦枕はちゃんと帽子の型の上に乗っています。しかも、この弽は弦枕を補強する樹脂コーティングの範囲が厚くて広い。使い続けるための配慮が感じられます。


既製品の弽を選ぶとき、ここまでは見ていませんでした。盲点です。

次に弽を買うときはチェックすることにしましょう。



では、この首折れの対策を考えます。


①新しい弽を買う。

②修理に出す。

③自分で補強してみる。


①は出費を覚悟しなくてはなりません。既製品の弽に②はないでしょう。当然③でなんとかなれば、それにこしたことはありません。学生の頃なら③しか選択肢はないでしょう。


オーダー品の弽を参考にしてみると、弦枕部分全体を樹脂で広く補強してあります。同様に補強を試してみることにします。参考になる例があるということはありがたいことです。


弦枕の修正に使ったエポキシ系接着剤を使って首折れする部分を補強します。大きな力が加わるので、薄いとすぐに割れてしまいます。思いきって厚く(2〜5mm)塗ることにします。厚くなり過ぎれば削ればいいのですから。

これで、首折れは、ほぼ新品同等の硬さに修正できました。


今回の仮説が正しかったか、修正した弽を使って確認してみました。


①離れのもたつき・・・古い弽とほぼ同等。(本人の感覚)

②矢所のバラツキ・・・古い弽とほぼ同等に改善された。

③的中・・・古い弽とほぼ同等に改善された。


①は感覚ですが②③は結果として現れるので、効果ありといえるでしょう。


めでたし!めでたし!


となるはずなのですが、いまひとつ矢所は収束しきれません。ということは、射技にも問題があるようです。



<仮説2>

取り懸けの薄さと握り込みに問題はないか?


<検証>

なぜ弽が首折れするようになったのかを考えなくてはなりません。

購入から約7年で弽がヘタってきたこともありますが、稽古不足で筋力が衰えてくると、ムダに力んで引き分けるようになってきます。力みで腕が震えるようになるので、暴発しないように取り懸けを握り込み、3つの指の第2関節が曲がり、取り懸けの遊びが増加、弦捻りの力が伝わりにくくなって取り懸けが解けにくくなります。(離れのもたつき)

11.取り懸けの親指と中指のクロスをどう解くか参照)

この握り込みが、弽帽子の首折れを悪化させた可能性があります。


さて、

28.勝手の中指で親指の腹を押し出すについて

39.かけほどきの力の反作用も考えてみよう

で説明したように、親指の第2関節≒弦枕の位置(押し手でいえばちょうど角見の位置)は弦捻りを支える中心になっています。これによって親指が動かない状態で離れがでるわけですが、この支えがおろそかになって、第2関節部が曲がり、弽帽子が首折れして力を吸収するようになってしまっていたようです。


取り懸けを解く力が吸収され離れがもたつくと、矢の方向がブレて矢所がバラツキます。


では、解決策を考えます。

新品で帽子が硬くしっかりと反発し中指を押出して取り懸けを解いてくれた時と同じようになれば良いので、(押し手の角見で弓を押すのと同じように)弦枕から弦を押し出す方向に力を加えて反発を補い、人差し指+中指を押し出す力(下図ピンク色矢印)を会の張りに合わせて増すようにします。(ヘタりによる弽帽子の腰折れもサポートできます)



取り懸けを解くためには、弦捻りの力とその反作用の力と会でこれら2つの均衡を破るために弦枕を前に押し出す3つ目の力(下図緑色矢印)=肘で引く(張り合う)力を効かせていくことが重要なのですが、力の衰えで張り合いがよく効かせない間に、弦捻りだけに頼り過ぎて取り懸けを解くようになっていたことも首折れの原因になっていたとも思われます。


ところで、

押し手は角見部分で弓を押します。勝手も同じ部分(弦枕)で弦を押すようにしていることで押し手と勝手を相応させ、会での張りに集中できることを再認識しておくことも大切です。


(補足)

「勝手の親指は弽帽子の中で反らす」とよく言われます。

しかし、帽子の形は先細りになっているため、親指が反らせるような形にはなっていません。第1関節が若干曲がった状態で無理矢理反らそうと力を入れると、手を開いて離すようになり、弦で耳や頭や腕をはらう原因になるのです。さらに、手を開いて離す動作は押し手に相応し、弓を落としたり、飛び出し易くなったりもします。なので、弦を弦枕で押し出す方向(上図ピンク矢印)にカケ解きの力を加えることで、親指が反った形になろうともするし、押し手も角見での押しが意識でき、親指と中指で作った手の内(輪)が締まったままになるので、弓は弦が切れた時でも飛び出さなくなります。


道具の悪さは射技にも影響します。

そして、勝手と押し手の動作が相応するように、射技と道具の関係も相応し、気付かないうちにスランプとなってしまうので注意が必要です。


今回、筋力の復活を焦るあまり、取り懸けの状態が重症化するまで気づくのが遅れてしまいました。まったくうかつでした・・・。


一度怠った作用を元に戻すには、少し極端に感じるほど意識してやってみる必要があります。そうして、その意識することが当たり前になってきたときに、元に戻ったといえるようになるのです。


以上のことに気をつけ修正した弽を使って、稽古に臨みました。


矢所が収束するようになってきたので、今回の2つの仮説と検証は間違っていなかったことが証明されました。あとは、射技の繰り返し精度をどこまで高めることができるかが今後の稽古の課題となります。



<まとめ>

古い弽は修正して持っておく価値があります。

定期的に古い弽で引くことは、射形をビデオに撮ってチェックするのと同じくらい、射技の校正に役に立ちます。このことも「かけがえのないもの」の一つのように思えます。


気合いや根性だけでは、真のスランプの原因にはたどり着けません。今回のような物理的考察のアプローチが、皆さんのスランプからの脱出の参考になれば幸いです。



次回は、未定 を予定します。

的中と仲良しになるために、またのお越しをお待ちしています。

解りにくいところがあれば、遠慮なくご質問ください。


<補足>エポキシ系接着剤を使った補強について

19.弦捻りをかけると離れで弦枕が引っかからないか?で紹介したエポキシ樹脂系接着剤をヘラで塗って盛っていきます。

 

私が参考にしたのは、オーダー品の弽の樹脂コーティングです。

このように赤枠部分にコーティングがあります。

 

私は弦枕の修正で慣れているので、同様に弦枕も含めて全体的に塗って、折れの中心(上の動画のように確認してください)の弦に当たらない着色部分を2〜3mm程度の厚さに盛ってヘラでならして補強しました。


初めてやってみようとするなら、折れ中心にした補強したい部分(着色部)のみでやってみると良いでしょう。遠慮して薄く塗ると割れてしまうので、思い切って厚めに塗ってください。厚すぎると思ったらヤスリで削れば修正できます。

接着剤を塗る前には剥がれないように、必ずアルコールなどでぎり粉の汚れを落としておきましょう。


がんばれ!

 


弓道の的中(射技)の物理的考察
もくじ

0.弓道の再開


1.はじめに
2.的中のための取り懸けについて(三つガケの場合)
3.的中について
4.離れについて
5.手を開いて(緩めて)離すことの弊害について(的中、上達を妨げるもの)
6.詰め合いについて
7ー1.張り合いについて~取り懸けを解いて離れる方法~
7ー2.張り合いについて~取り懸けを解いて離れる方法~
7ー3.張り合いについて~取り懸けを解いて離れる方法~
7ー4.張り合いについて~取り懸けを解いて離れる方法~
8.伸び合いについて
9.会のままの残身について
10.会での勝手の手の内を考える

11.取り懸けの親指と中指のクロスをどう解くか
12.取り懸けで親指を押える位置は?
13.押し手の手の内を作るとき、角見の皮を巻き込む?
14.「離す」と「離れる」はどう違う?
15.胸弦の活用
16.弓道の離れとアーチェリーのリリースとの比較
17.正射必中に必要な幾何学的な必須条件
18.細かい話にはなりますが
19.弦捻りをかけると離れで弦枕が引っかからないか?
20.中りに重要なのは押し手ではないのか?

21.会では見えない動作がある?
22.残身まで開く力αはどれだけ大きくできるのか?
23.集中力、モチベーションを下げない練習方法ってないの?
24.弦捻りの中心は、矢軸か親指の弦枕か?
25.カケ解きはどのように作用させればいいの?
26.既製のカケは親指で選ぶ
27.弦捻りの誤解
28.勝手の中指で親指の腹を押し出すについて

29.弓返りに大切なのは弓の捻り

30.押し肘の回内はなぜ必要か?


31.夏の暑さから弓を守るには

32.的中率を上げるためにやれること

33.かけがえのないものを受け継ぐには

34.かけほどきを身につけよう

35.(続)夏の暑さから弓を守るには

36.両肘の張りと弓の裏反りは似ている?

37.的中を維持するには、お風呂でエクササイズという手がある

38.的中のための本当のねらいとは

39.かけほどきの力の反作用も考えてみよう

40.的中は矢から学べ


41.「矢に学ぶ」①矢を分ける

42.「矢に学ぶ」②矢筋にのせる

43.「矢に学ぶ」③矢押し

44.「矢に学ぶ」④矢引き

45.「矢に学ぶ」⑤矢の離れ口

46.「矢に学ぶ」⑥矢妻をとる

47.「矢に学ぶ」⑦矢になる

48.スランプの原因を物理的に考察する

49.取り懸けをミクロに考察してみる

50.取り懸けをミクロに考察してみる(大切な補足編)


51.「離れ」の瞬間を考察する


がんばれ!

2 件のコメント:

  1. 「AIには負けるな!」ブログ様

    以前コメントした的中に悩む者です。この週末10/9に二度目の三段審査を受審しますが、10/5の稽古は28射5中18%と散々です。今師事している先生(教士七段84才)も「離れ」は最重視されています。よくいわれている角見と右肘の伸び合い(勝手拇指は反らす)の離れを指導されますので、その指導に従っているのですが「離れが濁っている」と指摘されています。

    こちらのブログの「かけ解き」も以前トライしてみましたが何となくコツがわかりかけたところで、今の先生の教えを乞うことになり、失礼ながらすっかり忘れておりました。

    昨日こちらのブログを再読し、自宅の巻藁ネットで練習しました。幾分か経験を積んだためか、結構すんなりと「かけ解き」ができたように思います。

    「離れ」の瞬間を超スロービデオ撮影して、限定公開でYoutubeにアップしましたので、ご覧いただき、ご指摘ご指導いただければ幸いです。
    https://youtu.be/Sl3OZo4fS4k

    返信削除
    返信
    1. コメントありがとうございます。
      返信遅れてしまい申し訳ありません。
      動画を拝見させていただきました。
      スロービデオになっているので、離れの瞬間が良くわかりました。

      矢所が安定しない原因ですが、
      離れの瞬間、弦枕から弦が外れる前に、勝手が引きと上げ方向に動き、それから取り懸けが解けています。これによって、矢の方向がズレて離れているものと考えます。(まだ離す動作をしているという域にあるということです)

      このことは、スロービデオで耳下の矢羽根の部分に注目するとよくわかると思います。

      要は、取り懸けが解けて、弦枕から弦が外れ、弓力から解放されるので勝手の腕が開く、という離れでないと的中は出ません。

      そのためには、会で両肘の張りを効かせるとともに、取り懸けを解く作用を働かせ続けなければ実現できません。

      親指を反らすようにしていても、懸け解きの作用が会で止まっていると、勝手で引くまたは押し手を振り込む動作で、会の力の均衡を破ることでしか離せません。会は止まって見えても、止まっていては先に進めないようです。

      ぜひ、「49.取り懸けをミクロに考察してみる」と「50.取り懸けをミクロに考察してみる(大切な補足編)」の説明を参考にしてください。

      参考になりましたら幸いです。

      削除