54.「角見で押して離れる」という弓道の謎
弓道を始めると、ほとんどの人は押し手の「角見で押して離れる」と教わると思います。私もそうでした。
しかし、勝手で弦をつかんでいるのに、押し手の角見で押して離れるという矛盾に最初は疑問を持つものの、いつの間にかその矛盾を受け入れてしまい、自分も後輩には、当然、そのように指導するようになっていました。
そして、押し手の角見で弓を押しながら勝手を開いて離すという動作を身につけて納得してしまいます。タイミングが合っているうちはこれでも良く中ります。
このような中りを「まぐれ中り」と呼び、当時の教え魔な先生は、未熟な私たちを戒めていました。やっと最近になってその意味がわかるようになってきました。(当時は、中っているのになぜいけないのかが解りようも無かったのですが)
筋力が増したり、弓力を上げたり、弽を替えたり、試合や審査の緊張が加わったりすると離すタイミングが変わって、途端に中らなくなります。
ここに、「弓道は中らない」の原点があるように思うのです。
角見で押しながら勝手で弦を離すであれば、物理的に説明はできていますが、「角見で押して離れる」これは物理的には説明ができていません。しかし、弓道では最も一般的な既成概念なのです。
<仮説>
「角見で押して離れる」は、勝手(馬手)のこと?
<検証>
敵に明かしてはいけない手の内とは?
敵には明かせないのですから、誰もが知るような一般的なことにはなっていない筈です。
うがった見方をすれば、間違ったことを明かしていれば、敵に本当の手の内を明かさなくてもいいわけです。いや、間違ったことではなくて、ただ私たちが勝手に押し手のことだと誤解して、そう思い込んでいるだけなのかもしれません。ほとんどの人がそう信じているのですから、大変な誤解です。
間違ったこと(または誤解)が既成概念になっていたら、「弓道は中らない」が常識となっても当然なのでしょう。
その敵は、しめたものだとほくそ笑んでいるかも知れません。奇跡的に中るようになったひと握りの人が優越感に浸れる環境が整うわけです。(敵が誰なのかは解りませんが…習う側でないのは確かです)
既成概念も物理的な検証を加えれば、矛盾は解けます。
では、物理的に説明できる離れ方とは?どのようになれば良いのでしょうか。
において、取り懸けを解いて離れるときの力の作用のさせ方を、以下のように説明してきました。
取り懸けを解いてブレの少ない離れを実現するためには、
①弦捻りをかける。
(取り懸けをこじ開けるように働かせる)
②弦枕で弦を押し出す。
+親指を前に押し出す方向に力を働かせ、親指と中指の接点の臨界を創り出す。
会で、この2点を実行するのみです。
もしかすると、
私たちがよく耳にする「角見で押して離れる」と言う表現は、このことを言っているのかも知れませんし、ただ、私たちが、勝手に、押し手のことと勘違いしているだけなのかも知れません。敵には明かせない手の内も、押し手のことではなく勝手の取り懸けにあるのではないでしょうか・・・。
つまり、簡単に言うと、下図のAの方向に親指を真っ直ぐに伸ばしていけばいいという、実に単純な動作に収束してくるのです。
(「取り懸けの親指は反らすようにする」は既成概念ですが、残身で勝手が開くという弊害をもたらします。また、同様に押し手も開くようになります)
※親指は骨格で繋がっているので、親指を真っ直ぐのばしていく方向Aに力を働かせれば、方向Bにも力が働き、弦を押し出す合力Cが働くことになります。
これが、物理的に見た、会〜離れの取り懸け(勝手の手の内)を解く力のかけ方なのです。(前にも説明しましたが、あくまでもベクトル(力の方向)※であって、決して力むことではありません)
※ ベクトル(力の方向)≒ しなやか(ソフト)な力 ≠ 力み
と表現した方が、実践しやすいかもしれません。
しかし、「角見で押して離れる」を実行して中る人もいます。
おそらく、人は左右別々のことをするのが苦手ですから、押し手でやっていることを無意識に勝手側でもやれている場合ではないかと推測します。これは、稀な例です。本人はそれを意識してはいないかも知れません。(私も現役最後の大会において約9割の的中が出せたのですが、なぜそれができたのかは全く意識してはいませんでした)
多くの人は、押し手の角見で弓を押しながら勝手を開いて離すという動作になるので、当然、引き離れになります。なので、矢口が開いたり、振り込んだり、勝手がズレたり、弦が引っ掛かりと、せっかく整えた的付けをズラして離すことになります。
結果的に、矢は的付けどおりには飛ばず、いくら練習をしても的を外れ、中ってはくれません。
ほとんどの人がこの引き離れとなっている。そして、最近の大離れ思考も引き離れの増大に悪影響を及ぼしているように推察します。(市営弓道場に自主練に来る人達のほとんどがそうなので、残念な限りです)
だから、「弓道は中らない」となってしまいます。でも、中る人がいる以上、「弓道は中らない」は真ではありません。
正しく引けば、弓道は中る。
一歩でも正射必中に近づけるものなら、理に叶った引き方を身に付けれるよう広めていきたいと思っています。
残念ながら、物理的にみると、的中するかどうかの90%以上(ほぼ100%)は離れをどのように迎えるかだけで決まります。
したがって、いかに丁寧に引き分けてきたところで、離れがダメなら中らない。
残念ながら、これは否定できない事実です。
会まではとても丁寧に引いているのに、早気で離してしまったり、引き離しになってしまっている人も多くいます。実にもったいない離し(話)なのです。
考え方を変えるだけで、現状の突破口は開けるでしょう。
他から見るとほんの些細な違いなのかもしれません。しかし、人と違ったことをするには勇気が必要になるかもしれません。このブログを読んだ人は、その入り口にいることは、確実なのです。
勝手のことばかりなので押し手が心配になる人もいるかもしれません。先にも説明したように、人は左右別々のことをするのが苦手ですから、勝手でやっていることは無意識に押し手でもやるようになりますから、心配はいらないのです。20.中りに重要なのは押し手ではないのか?も参考にしてください。
ついに、的中と仲良しになるための手の内を明かしてしまいました。
<まとめ>
取り懸けを解くには、勝手の弦枕で弦を押し出すように力をかけていけば良い。
実行するイメージとしては、会で勝手の親指を真っ直ぐに伸ばしていけばいいという、実に簡単な作用に収束します。
これは、押し手の角見で押していくという力のかけ方とほぼ同様なのが解ります。検証を進めると、弦を「角見で押して離れる」とすれば物理的に説明がつきます。
したがって、
「角見で押して離れる」は勝手(馬手)のことである可能性が高いという結論に至ります。
これを実行するだけで、約5割は中ってくるようになれるでしょう。そこから上は、いかに反復精度を高めれるかということに尽きます。
ただ気をつけないといけないのは、今までの引き離しが身に染み付いているので、弦を「角見で押して離れる」前に引き離してしまったり、ビクが来たりと、とにかく勝手が弦を離したがります。その反射運動をいかに抑えられるかが、新たな敵になることを認識しておくことです。
こんなことが起こるのですから、やってみない手はないと思います。
また、他には、「勝手(馬手)で離れるな」ということばもよく聞きます。
弦を取り懸けているのは勝手なので、物理的にみればまったくおかしいことばです。弓道の教え方は、昔から理屈を無視した既成概念が多いのです。それを信じて練習するのですから「弓道は中らない」は、永久に続いていくのでしょう。
約30年のブランク後に弓道を再開した私の目には、当時から進歩が感じられない現在の状況を憂慮することしかできませんが、今後、何かが変わっていくことを期待して、このブログを書いていきます。
次回は、「角見で押して離れる」という弓道の謎(補足編) を予定します。
的中と仲良しになるために、またのお越しをお待ちしています。
解りにくいところがあれば、遠慮なくご質問ください。